2010年11月27日

多読 年間100冊読了への挑戦(もしもトイレで地震にあったなら)

『もしもトイレで地震にあったなら』 やざきせうざう/著

この人の文章は実にうまい。
読みやすく、ユーモアに富み、しかも気取った感じはなく、楽しんで読める。
同時に文章表現の上手さが感じられる。
著者は大学の図書館で司書を35年務めた方である。
この経歴を聞いただけでも、文章表現能力が優れているであろうことが容易に想像できる。
長い間、様々な書籍にふれることで染みるように身についた能力なのであろう。
こんな文章がサラサラと書ければなあ、と羨ましくも思う。

第一章では、図書館での仕事に関する話題を書いている。
よく公共図書館を利用させていただいているが、図書館員の仕事がどのようなものか、正直あまり知らなかった。
窓口での本の貸出・返却と本の管理や整理くらいだろう、などと勝手な想像をしていた。(すみません)
だが図書館の本来の姿は利用者に情報と提供する場であり、専門的な質問や調査に対応するレファレンス業務は当然のこととして、最近では経営などのビジネスを手助けを行う「ビジネス支援」を行っているところもあるそうだ。
本館や中央図書館などの比較的大きな図書館ではレファレンス・コーナーがあり、レファレンス・ライブラリアンと呼ばれる方が調べ物の手助けや専門的な質問に対応してくれるそうである。
この頃は手軽に素早く調査ができるインターネットの利用が増え、図書館での情報が軽んじられるという傾向があるかもしれないが、私は多くの人の目を経て手間と時間をかけた書籍からの情報は、インターネットの情報に比べれば、速報性では欠ける点はあるが、正確性と有用性の観点から大変に重要で貴重なものであると考えている。
著者の言うとおり、日本の文化を担う役割をもった重要な機関であることに間違えはない。

少々脱線したが、本の感想に戻ろう。

ユーモアあふれる内容で、すんなりと読める事は先ほど述べたとおりである。
ただ、読んでいてふと感じたことがある。
ユーモアのセンスが、どうもオヤジ的である。
「キラリと光る」というより「いぶし銀に光る」という形容詞が似合うユーモアのセンスである。
このオヤジ的ユーモアがとても面白いのだが、そのように感じてしまう自分に少し悲しさを感じてしまう。

年をとると嗜好がかわるということはよく聞く。
ユーモアのセンスも同様なのであろう。
若いときは、とっさにキラリと光るユーモアが生まれてきたものであるが、最近は話す前にどのようにオチをつけようか、と必死に考えてしまう。
オヤジ化の始まりであろう。

そんなことを考えていると、オチオチ寝てもいられない。

(本日までの記録:今月7冊 合計49冊)
タグ:多読 読書
posted by エンタ at 18:19| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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